2008年07月03日

その続き

もし、この試合に負けるような事があると大変なことになると、私は恐ろしさを感じていた。

しかし、それ以上にここまで勝ち上がってこられた事に、補欠を含めた、1・2年のメンバー全員に感謝し、感動していたのです。

相手は、関西からセレクションで入学した2回生の尾崎だった。

その事もよけいに私の心に火をつけました。

桶谷監督からの指示は、変則拳法で、斜め横、更に後ろからも攻める事。

そして、「一番大事なことは、気持ち、気合だ。相手をぶっ殺して来い。」だった。

決勝戦はまさに、これにつきた。

優勝できたのは、この気持ちが鍛えられていた事が、一番の勝因だと思っている。

特に、1年生の時の岩手県陸前高田での夏合宿は、本当にどうなるのかと思うくらい、厳しい合宿だった。

各先輩方もおっしゃっていたので、間違いないと思います。

そして、この年は、倉沢主将先輩率いる、28代幹部の代では、見事に東日本大学選手権で優勝をしている。

そして、翌年の秋に、この新人戦での優勝である。

短期的に見れば、この厳しい合宿を乗り切った事で、優勝という成果がはっきりと出た。

長期的に見れば、今でも仕事の中で、困難な事にぶつかっても、この合宿を乗り切ったことを思えば、「たいしたことはない!」と思える精神力を培えることが成果といえるだろう。

そして、絶対に忘れてはならない事は、猪狩OB会長をはじめ、桶谷監督、各先輩方、一緒に励ましあった同期についてきてくれた後輩達への感謝の気持ちである。

岩手県陸前高田での夏合宿  朝練終了後撮影 昭和61年9月


p.s
彼は、闘病3年、先月永眠
あの夏合宿を乗り切った精神力で、ここまで生き延びたんだと思います。
そして、息子に襷を渡しました。
息子のなまえには「拳」の字がついています。


タグ :日本拳法


Posted by てつがく珈琲 at 01:10│Comments(2)TrackBack(0)

この記事へのトラックバックURL

http://shighe.gunmablog.net/t15562
この記事へのコメント
父親は弱虫で病弱だった私に空手をさせました。
嫌で嫌で仕方が無かった時期もありましたが、
未だに武術の世界から抜け出せないのは親父のお陰だったと思います。

4月に親父が中皮腫で死んで、私も襷を受け取りました。
たった半年の闘病生活でしたが尋常ではない苦しみを親父は耐えました。

件の息子さん頑張って欲しいです。

合掌
Posted by 琥珀 at 2008年07月03日 09:27
★えちこママです~~~~~~~~~^♪

写真をみただけで 私も涙が出てきました。

皆さんの面構え! なつかしいわ!!

後列の人も ちゃんと自己主張して 
きっちり 己の顔を隙間からでも出している!

長い髪で 前髪もながくして 
顔を隠している今のヘアーファっション!

あれは 己を 心を かくしているから・・・。
きちんと額をだして 顔をあげよう!といつも思っている。

顔をあげて目を見て話す。
心掛けたいものです 。

 てつがくさんも とても大切なものを 仲間から頂いてますね!
 青春時代って やっぱり宝!苦労をともに味わった仲間!
 今を頑張れるぱわーを共有してますね。

生きているって事は 生かされているってことだから みんなで頑張ろう! 
ね!!!
Posted by えちこママ at 2008年07月03日 10:39